February 22, 2005

電車男が教えてくれたこと

アキバ系になりてぇ。だってアキバ系って純情ジャン!

マックにいたら、どこからか聞こえてきた。アキバ系=純情は必ずしも成り立たないが、成り立った例もある。電車男だ。あの発言をした彼は電車男の読者なのかもしれない…。

話題の本だったので、自分も電車男は読んでいた。電車男の読み始めの頃は、2chのコピペなのでものすごく読みにくく、レスアンカーの番号の発言がないなど読みにくさにはかなり苛立った。また電車の中で読むと、チャネラーとバレるのがいやだったせいか自分は電車の中で読んだりするのには抵抗があった。このように最初は不満だらけで読んでいた。

この電車男がフィクションかどうかなどが一時期騒がれた。しかし自分はこの物語の真偽に関心はない。関心があるのは、電車男の魅力についてだ。何故電車男にこれほど多くの人たちが惹きこまれたかだ。記憶を辿りながら、少し分析してみる。

電車男の魅力
1.電車男のふがいなさ
2.電車男の人柄
3.電車男がオタク
4.エルメスのキャラクター
5.電車男のフィクション性の高さ

1について考える。これは電車男がエルメスとは釣り合わないと及び腰になってしまっていることが原因だ。電車男がもう少し強く引っ張っていけたらと思うとイライラさせられた。だがそのイライラ感は「自分ならこうやったのに…」とか自分と重ね合わせているのかもしれない。電車男が痴漢から助けてときは自分にはなかなか出来ないほど勇敢だったこととのギャップもまた理由かもしれない。今になって考えると、あのイライラ感は電車男に惹きこまれているバロメーターだったのかもしれないと思う。

2について考える。人柄に関しては『電車男』の中でも書かれていたことだったと思う。人柄に関しては、弱気な電車男が毒男(独身男性)たち自分と同じにおいを感じさせたこともあるかもしれない。ここで1とはタイプの違うファンをも惹きつけたのだと思う。

3について考える。これは2に似ている。電車男はエルメスとの恋の進展が進んで毒男たちが電車男に置いていかれそうになると時々変なことを言う。井上喜久子が好きで、プリキュアを見たりするあたりがアキバ系毒男たちには親近感を与えたのではないかと思う。これが電車男のファンを手放さずにできたのだと思う。またそのオタクっぽさがキモイと言うよりは、むしろどこかかわいらしくも感じられたように自分は感じていた。何か不思議な気分だった…。

4について考える。エルメス語録が作られるほどエルメスの発言は何かグッとくるものがあった。2ch風に言えば、エルメス萌えだ。少々天然系な感じでいて、告白の時には電車男を応援するなどかなりグッと来させるものがあったと思う。また電車男ばかりが純情なのではなく、エルメスにも純情さがにじみ出ていたことがエルメスファンを醸成したのだと思う。

5について考える。これはこのストーリー自体が出来すぎている気がするので生まれるものである。今どき果たしてエルメスのような女がいるのかと言えば、おそらくいないと思う。それに電車男以外の毒男の想像力は妄想の息のものも多くあり、電車男のストーリー自体が妄想の可能性を匂わせていたと思う。そしてどこか話の矛盾点などを見つけて「やっぱり電車男はフィクションだった」と言いたくさせていた。そのどこか穴を見つけてやろうとするあまりついつい読みいってしまった。これは私だけであろうか…。

以上が文才がないと言いながらも多くの読者を夢中にさせて理由であると思う。この結果、最初不満だらけであった自分も「電車男、頑張れ」と思わされた。

今更ではあるが、実は本当は今までのこんなことが言いたかったのではない。もう昨日のニュースだが、電車男の結婚宣言について一言言いたかっただけである。電車男がエルメスと順調なのが自分のことのようにうれしい、と…。ただ一読者としてそれだけが言いたかっただけである。祝福しないわけがないのだ。

自分にも電車男のような劇的な出会いがないかと思っているのは自分だけではないと思う。ドラマのような出会いなど、みんなに起こるものではないのだ。一歩を踏み出す勇気の大事さを電車男から学んだのに、なかなか実行には移せない…。

とりあえず今日はここまでにしておこう。疲れたので、この続きは後日改めて書くことにしよう。

| | Comments (0) | TrackBack (2)